僕のおいなりさん
運動会・・・小学校6年生の僕にとってはまさしく悪夢のイベント。何故ならば親父が無茶苦茶張り切るからです。
我が家は共働きで、母親は教員だったため勤務している小学校での運動会があるために、僕の運動会に来ることはありませんでした。そのため、親父の抑え役がいません。
運動会のお弁当は親父が作るのですが、親父の頭の中には「運動会と言ったら稲荷寿司だろ。」という考えがあるらしく大量に作るのが習慣でした。
さて、キモメンで頭がアッパラパーだった僕ですが、走ることは得意でしたので唯一輝ける場が運動会の午前の部の最終競技である徒競走でした。首尾よく1位になることができて、大満足でした。
しかも、競技終了後、僕が密かに心を寄せている真理子さんという誰にでも優しい、それこそ天使のような女の子が「すごいね。」と駆け寄ってくきてくれたではないですか。
「そんなことないよ。運が良かっただけさ。」
『走っている時、とてもかっこよかった。まるでドーピングが発覚する前のベン・ジョンソンみたいな顔してた。』
「僕は、真理子のことを考えながら走ってた。一位になったら告白しようと思って。」
『えっ・・・』
「真理子、僕とつきあってほしい」
『私もずっと好きだったの。』
そして2人は見つめ合い…っていうお花畑チックな妄想をしていたんですが、突如僕を呼ぶ親父の声がその妄想をぶち壊してくれました。
「おーい!おいなりさん持ってきたぞ!
大量だ!豊作祭りだ!ワッショイワッショイ!」
と両手においなりさんを持って、ワッショイの声に合わせて、片方ずつ交互に、かつリズミカルに動物のように貪ってました。どこの世界にこんなおかしい人がいますか。もうね、完全無欠な気狂い。何だよ豊作祭りって。
しかも、いい具合に酔っ払っていて、目が不審者のようにすわっています。酒は禁止のはずですが、密かに持ってきたのでしょう。
隣に座っていた、眼鏡をかけた真面目そうなお父さんにも無理やりおいなりさんを食わせようとしていて、「ワッショイワッショイって言いながら交互に食え」と全くもって意味のわからないことを強制する始末。
これはとてもまずい事態です。真理子ちゃんも眉をひそめて怪訝な顔をしています。
しかし、時すでにお寿司。いや稲荷寿司。親父は真理子ちゃんの姿をロックオンしてしまいました。
この後はまさに地獄そのもの。「お嬢ちゃんもおいなりさん食べるか。ラッシャイ!」とまるでキテレツ大百科のブタゴリラの八百屋の親父みたいなことを言ったり、「おまえも、おいなりさん食べるか?あ、こりゃ俺のおいなりさんだ、毛が生えてら、ガハハ」と僕に言って自分の股間あたりを弄ったり、何故か飼い犬を連れてきていて、持ち上げて「ほらほら、犬のおいなりさんだよ」と周囲に見せたり、もうやりたい放題。セクハラの水準を軽くぶっちぎっており、周囲を恐怖のズンドコに陥れてました。
幸運なことにさして大問題にならなかった理由として、親父は悪い意味で有名だったこと、そして僕たち一家が親父の仕事の都合上、その後転校したことが挙げられますが、僕の淡い恋も終わりを告げました。ワッショイ。